今回弊社の本社に置いて海外からの技能実習制度を活用し「ベトナム」からの「女性実習生」の人達にスポットを当てます。
海外からの研修・実習生に関する概要
弊社は海外からの「研修生」受け入れを20数年前から実施しています、当初は現在の「法令」と異なり、受け入れ最初の1年は「残業ダメ」「実習生で無く研修期間=研修生」として扱う法令でした。
当初、中国からの希望者を受け入れしていました、5名x3年間を繰り返し受け入れして来ました。
数年前から「中国」から「ベトナム」に切り替え、現在も同様です。
※現在ベトナムからの実習生は女性ばかり10名が働いています。
1997年「入管法改正」が有り「実習期間が3年間」となります。
また3年を過ぎ更に延長を希望する実習生に対し「入管担当者立ち合いで」テスト(試験)を受けて、合格すれば2年延長の資格を得られます(2年延長の場合一旦帰国が必要で再入国し2年間延長となります)
外国からの実習生の受け入れは「労働基準法」に基づき「雇用契約」を結び、受け入れを行います。
日本国内の「最低賃金法」を海外からの実習生にも対応します。
現行の法律では、特に海外からの実習生だから低賃金で働いて戴くと言う事には成らず、ほぼ日本人と同じような扱いを求められます、(有給なども同様)
これら「入国管理法」を各企業が遵守し、また海外から来る実習生も日本の法令をしっかり守り、日本の方々と共に働く事で互いにメリットが生まれます
実習生の社内での作業風景から
現在10名の実習生が各工程別に数名ずつ配置して、それぞれ得意な作業に取り組んでいます。

※縫製作業中
特にベトナムから日本(弊社)に来る事を希望する人たちの多くは、ベトナムに有る縫製工場などで作業経験のある人たちが多い気がします。
女性で「縫製経験が有る」人は、少々指導するだけで直ぐに作業は覚え、「抜群のスピード」で一気に作業を進める姿が、実に頼もしく映ります。
更に嬉しいのは、実に「愛想」が良い、いつでも声掛けすればニコニコと受け答えしてくれます。
日本人と比べ体格的には一回り小さい事も、可愛さにプラスされるのでしょうか(背丈は約145㎝~150㎝内外)

※別な工程での作業風景
ソファ構造部分の「木部組立中」でもテキパキした作業は日本人も見習う事も有りそう…。
エアー式で釘を打つ機械でも、難なく使いこなし、日々大量に製作する事も失敗する事無く、作業を進めます。

※最終工程に近い作業風景
ここの工程は最終工程と言う事も有り、慎重に作業を進めます。
現在の実習生は全員女性です、しかも全員旦那さんも子供もベトナムに置いて3年間モクモクと働いています。
まだまだ可愛い盛りの子供達(2~3人)を母国において3年間頑張り通します。
ベトナム工場建設計画
弊社も20数年前「ベトナム:ホーチミン」に「ベトナム工場建設計画」で、私が責任者として、ホーチミン市長を交え、計画を進める事にしていました。
「丸紅・ベトナム駐在」の方と一緒に、場所決めや、弊社社員2名程2~3年間常駐する計画で、「ベトナム工場の完成」を図っていました。
私を含め3人分の「宿泊ホテル」の価格交渉に約7~8軒のホテルを回り、条件交渉しました、更に病院・薬局、など日頃何が起こるか分からない為、事前のシミュレーションを基に情報を纏めていました。
しかしこの計画は、断念する事になりました。
ソファを造る為の「素材」が当時のベトナムには不足していました。
例えば、「バネ製作会社」が無く、また「ウレタン製造会社」も小さな会社1社のみ、「革・製造会社」は有るものの殆ど稼働していない事が判明し、止む無く断念する事になりました。
ただ当時の市長命でほぼ会社建設計画の土地に、弊社が考えていた規模の建物を建設し始めると言う、ビックリする出来事が有りましたが、
最初の市長との懇談の中、私の考えている規模の「工場レイアウト」などを、持っていたメモ帳に書き説明したものを基にし「建設開始」と言う、驚きが有りました、その後は現地の「丸紅」が他の木工会社にその建物を使ってもらう手配を行い、無駄は無かったようです。
本社内で働くベトナム人実習生の生活から
彼女たちは、弊社から自転車で専用の寮から通勤しています。
この寮は他社に勤務している人たち含め30名以上が生活をしています。
年に一度は彼女たちに近隣の観光地などに案内し、仕事一本やりから解放してあげています。
2年前は金沢市内と越前海岸を案内、一昨年は、滋賀県:彦根地区「彦根城」やその近辺を案内、何れも私の運転するマイクロバスにて案内しています。

※彦根地区の観光から

※彦根城の隣にある有名なお菓子店「たねや」でのお買い物風景


※昼食後の団欒風景
この様に自国を遠く離れて大切な家族(子供達)と3年間別れ別れで頑張っている「頑張り屋」の女性達に少しでも日本の事を知って貰いたく、また仕事から解放出来る一時を楽しんで貰いたい一心で私の独断で進めています。
帰国後も「3年間」の日本の生活を振り返り、一生の思い出として心に刻んでいてほしいと願っています。